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高橋信次先生講演
Lecture

般若心経の解説(4)

(前号より)

 

実は皆さまも、毎日の生活の一秒一秒はあちらから皆見られているのです。それを知ったら全く自由はないのです。それが、肉体を持つ自分が自由ということをはき違えてなお苦しみをつくっています。死ぬ時には、いずれそれを自分が裁かなければならないのです。一つ大きな目的を持って出てきて、よし、今度こそは一つ悟って人々を救ってくるよと言って、救うどころではなく自分をも救われず、あの世へ帰ってしまう人が多いんです。そういう人は先ず地獄です。何百年間じっくり地獄で味わってくることです。それでは実際困ります。なぜならば、皆さまの魂の兄弟たちが困るからです。魂の兄弟のうち一人でも地獄に落ちてしまうと、この地上界に皆さまの魂のグループ、即ち、六親眷属は生まれてくることが出来ないのです。そうすると自分一人のために多くの人に迷惑をかけるということを知るべきです。

 

さて次に、色不異空、空不異色と出てきます。この場合の色というのは物質、我々の目に見えるところの物質、色、即ち色彩。赤、青、黄という色彩は何万色にも変わる、その何万色もある我々の、この地上界の万生万物は全て色彩を持っております。このように色とは万生万物を指します。

不異空ということは、異ならずということ。即ち、色と空は異ならないのだ、同じだということです。色は空に異ならず、空はまた色に異ならずというわけです。そうすると何だかちっともわからなくなる。そこへもってきて更にまた念を押すわけです。 色即是空と空即是色、しかしこれが重要なんです。この空という問題に、あるお坊さんは、この空さえ解ればもう悟りだなんて言っているんです。冗談じゃない、空がわかっても悟れないんです。空ということを知ったら実践しなければ駄目です。深く行わなければ駄目です。

 

そこでこのように物質というものは、実在界を通して、あの世を通して存在しているんだから、いわばこの地上界は実在界とは異ならない、同じだよ、変わってないんだ。しかもまた、あの世実在界は、この地上界とも異なってはいないんだよ、連続体だ。即ち、同じことを行っているから、生まれたり滅したりすることはないと説明しているわけです。そのために、異ならないからここで駄目押ししているわけですね。この地上界はあの世だよ。あの世即ちこの世だよ。当然同じ結果になるはずです。ただ次元が違うだけなんです。「あ」と「こ」の違いだけで、あとこを外したならば一つになってしまいます。あの世もこの世もそんな難しい世界ではなく、一転びなのですから、この理論というものは成り立つはずです。そこで仏教で言うところの〝色心不二〟ということもまた同じような姿を表しております。物理学でもこれは証明できますね。

 

そこでこのようなところから、受想行識 亦復如是 舎利子、また舎利子が出ておりますけれど、人に聞いたら、お釈迦様の骨のことをシャリって言うんだよ。このように答えているお坊さんがありました。

最近はシャリといったら米の飯のことを銀シャリと言っていますが、これもシャリに変わりないでしょう。米は肉体を保存するためのものですから、米を主食とする人々にとっては大事な食糧です。したがってお米は諸々の衆生にとって欠くことのできないものですね。シャリ・プトラーは人の名前ですが、般若心経の中では〝諸々の衆生よ〟ということですから、お米をシャリという語源は、案外ここから出たかもわかりませんね。(笑)

受想行識、即ち皆さまの想念と行為というものは実はこの地上界という場に出てしまうと、空即是色にもかかわらず、現象にとらわれ現象におぼれてしまって、常に堂々巡りを繰り返してしまう愚かなものだと、ここでは言っているのです。色即是空、空即是色といっても、現代のお坊さんでも物理や科学や医学というものを通して、自分が神理というものを実践してみないとこの問題は解けないのです。ここがわかれば受想行識も自然と理解されてくるわけです。そこで是諸法空相、このようにして一切の神理というものは、実在の実相を通し神の意志に基づいて作られているものだよ、と言うことになりますね。そこで、色即是空というものを私はよく声を大にして説明します。

 

皆さまの肉体は地上界に適応した人生航路の乗り舟である。この舟に乗っている船頭さんが、魂であり、意識であり、心なのです。その中心の心というものがまたどのようになっているかというと、我々の魂というものは不生不滅である。生まれず滅せずなのです。ですから、垢もない、浄ということもないのです。ですからその次に不増不減、増えず減らずとこうくるわけです。このように全てを否定しているように見えるけれども、実は大肯定なのです。心とはそのようなものなのです。

皆さまの魂というものは、あの世とこの世を転生輪廻してきております。太陽も今日の太陽と明日の太陽は一つも変わっていないのです。キリスト教の古い宗教の中には、地球は平面の板のようなものだと教えているようです。東の方から新しい太陽が出て、海の彼方に沈んで、また明日になると新しい太陽が出てきてまた沈むのだ。ところが文明が発達し、科学が発展するにしたがって、コペルニクスや、或いはガリレイたちは地動説を唱えて、地球はこのように回っているんだ、だから太陽は一つなんだと、いわゆる地球軌道説を唱えた。この説を強く主張したこれらの弟子たちは、世を惑わすということで首を切られて死んでおります。宗教というものは恐ろしいものです。

 

(次号へ続く)

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