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今月の課題
This Month's Problem

2018年12月

本部長 岸田 守

正法は万古不変であり、いくら年月を経ようとも、いつでも新しく、私たちを導いてくれます。原点に戻って学びを深めていくために、今月は、平成八年十二月号に掲載された、岸田本部長ご指導の要旨を再掲載させていただきます。

 

死者は、秦広(しんこう)王の初七日の法廷をすぎると、あの有名な三途の川にさしかかる。小さな川ではない。冥界を㴞㴞(とうとう)と横切って流れる大河で、「渡る所は三つ有り。一つに山水瀬(さんすいせ)、二つに江深淵(こうしんえん)、三つに有橋渡(ゆうきょうと)あり」と、ある文献に記されており、橋が架かっている。

ただし、この橋を渡れるのは善人だけ。それ以外の悪人たちは川の中に入らなくてはならない。しかもその悪人にも二段階があって、比較的罪の軽い人は浅瀬、重罪の人は濁流を渡らなければならない。つまりここにも「因果応報」という仏教の基本原理が貫かれているわけだ。

 

さて、この三途の川の渡し賃が六文。死者を荼毘(だび)に付すときにお棺の中に一文銭を六枚入れる風習が今日でも残っている。「地獄の沙汰も金しだい」とは、こんなところから来たのであろう。

そしていよいよ、来世の行き先を裁く裁判の開始である。

仏教では、誰でも守らなければならない「五戒」がある。

①不殺生戒(みだりに生き物の命を奪わない)

②不偸盗戒(盗んではならない)

③不邪淫戒(セックスにおいて、みだらであってはならない)

④不妄語戒(うそをつかない)

⑤不飲酒戒(酒を飲まない)の五つだ。冥途(めいど)の法廷ではこれらのことについて調べられる。

勿論、誰でも命ある生き物の命を奪わずに生きて行くことは出来ない。野草であれ、野菜であれ、魚類であれ、米穀であれ、たとえ鳥獣ではなくとも命を持った生き物であるには違いない。私たちに出来ることは、大事にして少しでも粗末にしないようにすることだけである。

 

こう考えてくると「いずれの行も及びがたき身なれば、地獄こそ一定のすみかぞかし」と云われた親鸞聖人のお言葉がひしひしとうなずかれるような気がするのです。

これは仏教が説いた『六道輪廻』の世界の話です。皆様は等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫換地獄、大叫換地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄などの八地獄道の絵をご覧になったことがあるでしょう。その下に地獄道の支店の副地獄があります。これまでの八つの地獄に東西南北の四門があり、それぞれに十六ヵ所の景色の異なる地獄道があって、全体では百二十八ヵ所になるそうです。

その他に餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道(幽界)を加えて六道輪廻になるのですが、「人生五十年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしの如くなり」と、戦国の武将・織田信長が踊った『下天』とは、この天のことを指すのだそうです。

いずれにしても地球上の八五パーセントの人間は、ほとんど私たちの二分の一以下の経済生活です。私たちと大差のない人々はこの地球上に十五パーセントしか居りません。

そして私たちが下級の経済生活をしていると思っている人たちほど生きることに懸命で、少なくとも自殺するという人は全くいないと聞きました。皆様よくご承知の通り、天上界は意識界です。心の世界です。勿論、経済界も大事ですが、この地球上は経済だけで動く訳ではありません。経済には必ず限界があります。ですから、天上界と同じように何よりも心の世界が最優先されるべきでしょう。

 

十月の秋季研修会において、私は「もっとも人間らしい人間として光を放っていこう」ということを提唱させて頂きました。 と申しますのは、私たちは正法者として高橋信次先生からいろんなことをお教え頂き、多くのことを知ることが出来ました。それにもかかわらず自分本位の考え方で、周囲の人々にいやな思いや不安を与えているようでは、正法の実践をしているとは云えないのではないかということに早く気づいて頂きたいと思ったからでした。

例を上げますと、「欲しい欲しいという思いの強い行為」「人を見下す」「他人の悪口や陰口や告げ口を云う」「人を仲間はずれにする」といったような事をすることが、他の人にどんな影響を与えているかということです。 いかに気がつかないうちにそのようにしている自分であるかということを知り、自分自身の行動を顧(かえり)みる機会を持って頂きたい。

そのために、秋季研修会の前期から後期までの間、“小さな一つの修正”とともにその事に取り組んで頂きました。 そして後期では、その二週間の結果をまずよく見つめることから始めて頂きました。そして、日々の出来事の中から自分の心に残っていることを書き出し、それが繰り返し出て来ていることだと気づいていくことによって、それこそが心のクセ・魂のクセであり、自分のものの見方・考え方から出てくるのであって、カルマというものはそのようなものであると理解して頂きたかったのです。

 

次に、そのカルマを修正するには、反省の物差しが必ずいるのだと申しました。

一、中道という慈悲と愛の神の心

一、人の為に尽くせる慈愛の心と実践

一、生かされている、お陰様でという感謝の心

一、カルマを一つでも修正したくて生まれて来たという人生の目的意識

以上、四つの中道という反省の物差しが必要だということを述べました。「人間として光を放っていく」ということは大変難しいことです。そのための反省の物差しとなるどれもが大切なことです。しかし、一度に全部をすることは困難です。そこで今回私は、二つ目の「人のために尽くせる慈愛の心と実践」を皆様方に強調して申し上げたつもりです。

その為には、自分のカルマを知り、そのカルマを乗り越えていけるよう祈る心が大切です。そうでないと実践できないようにこの現象界は仕組まれているのです。願い、祈ることが実践を可能にしていきます。 皆様のご精進を祈念いたします。

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