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時の言葉
Word at time

2018年12月 謙虚

人は、ややもすると自分を過大評価しがちである。それも、自分が何で在り、何を為すべきかを悟っているならまだしも、地位、名誉、知識が人より優れているという理由からそのような偏見が生まれるとすれば、その人はなかなか悟ることは出来ない。

人の一生は、普通五十年、長くて百年である。だが、本当の一生は、そんな短いものではない。人の一生は、何億、何十億年の年輪を重ね、現在、ここに在るのである。何億、何十億年の過去世は、潜在意識の中に沈み、容易に外へは出てこない。

人はこうした過去をもって、ここに生きているのであるが、そうした長い年輪と、その短い現象界の一生とは、比べものにならないひらきがあるのである。その短い一生の過程のなかで得た知識、地位、名誉におぼれるとすれば、これほど浅はかにして、自己を偽るものはない。今世の一生を点とすれば、過去世の生涯は線に相当する。線と点を比較してみて欲しい。……とすれば、今世で得た知識、名誉というものが、いかに頼りないものであり、夢のようなものであるかということを知るであろう。

正法の智慧は、線のなかに内在されている。その智慧は現象界の知識が呼び水となることはあっても、知識そのものから生まれるものではないのである。点のその一生を、謙虚に、素直に、正道にもとづいた想念と行為を重ねていくうちに、なかば、忽然と現れてくるものである。

 

自己を過大に評価し、知識や地位が自分の日常生活の習慣にしてしまっていると、こうした内在された智慧をひもとくカギを、自ら閉ざしていることになるのである。さらにもっと具体的に、率直に言うならば、人の過去世は十人が十人、正道を学び、自分の血肉になっているかというと、必ずしもそうではないのである。正道を学ばないのに、それにもとづく智慧も出てこないのも道理ではないか。

過去世に縁があり、今世もその縁につながったことは、何よりも大事にしなければならないが、しかし過去が分からず、実在界も知識の範囲しか知り得ないとすれば、まず現在の自分自身を、正直に、素直に見直すことがなりよりも大切である。自分の心に、誰もウソは言えないはずだし、そのウソの言えない自分に立ち返り、日常生活についても、謙虚になることが、悟りを早める導因となる。

 

己を知るには、まず何はさておき、謙虚な心から始まり、謙虚な心を持ち続けることである。そうしてその謙虚な心の培養は、今をおいて、永遠にそのチャンスは訪れてこないということも知ってもらいたいものである。

 

(一九七二年十一月掲載分)

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