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今月の課題
This Month's Problem

2019年1月

本部長 岸田 守

正法は万古不変であり、いくら年月を経ようとも、いつでも新しく、私たちを導いてくれます。原点に戻って学びを深めていくために、今月は、平成九年一月号に掲載された、岸田本部長ご指導の要旨を再掲載させていただきます。

 

あけましておめでとうございます。

輝しい一九九七年の新年を迎え、会員の皆様と共に全てのご一家のご健康と弥栄(いやさか)を寿ぎ奉ります。

 

歳旦や 芭蕉たたえて 山籠り    蛇勿

酒もすき 餅もすきなり 今朝の春  虚子

一人居や 思う事なき 三ヶ日    漱石

長病の 今年もまゐる 雑煮かな   子規

 

などという新年の俳句がありました。人それぞれにいろいろな思いで新年を迎えられたことでしょうが、俗に、蓼(たで)喰う虫も好きずき、日本の常識は世界の非常識という言葉が流行(はや)るように、自分では之が常識だ、当然だと思っていても、案外狭い狭量な考え方なのかも知れません。新年を機に、もっと世の中を広く大きく見渡せるようになりたいものです。

私たちは父母の恩恵でこの世へ出生しました。一つの命が呱々(ここ)の声を上げる時、人はだれしも敬虔な思いに打たれるでしょう。母の胎内に宿った、たった一個の小さな小さな受精卵。それが分裂を繰り返して十月十日。やがて、六〇兆という数の細胞が集まり、私たちの身体となって生まれてくるのですから、脳も臓器も毛髪も、最初はたった一個の受精卵から出発した、……素晴らしい生命の神秘です。

 

一個の受精卵から人の身体が形づくられ、生まれた子が親に似る不思議、そして成長し、やがて老化して死んでゆく不思議、人はこれらのことを昔から繰り返されてきた当然のことと思いながら、反面では驚きと、あくなき探究心を燃やし続けてきました。今日の生命科学の発達もその思いの上にあるでしょう。そして、かろうじて見えてきたものが遺伝子の存在でした。

人の肉体をつくる六〇兆の細胞、その一つひとつの核に、一グラムの二千億分の一という、ごくごく小さな分子の素があります。大きさは一ミリの五〇万分の一という、想像を絶する小ささです。

その中に、太古からの生命の歴史、そして両親からの生命の情報が書き込まれていました。私たちの身体の中、眼に見えぬ世界で、協調しながら整然と働き続ける生命。そして、この地球上に生をうけた全ての命が、共通の仕組みで生きているという事実、そこに私たちは何をみいだせばよいのか。

 

自然と対立し、自然を従わせようとしてきた近代。このあたりで生命の根源に目を向け、もっと謙虚に生きる必要があるでしょう。生命科学の解き明かしつつある「どのようにして生きているのか」という事実の底にあるはずの「なぜ」、「何のために」生きているのかという意味を掘り下げてみることが必要でしょう。

それは、生まれてくること、生きていることに思いを巡らせ、感謝の念をいっぱいに抱くことから始まるでしょう。

そして私たちが一番大事にしたいのは、私たちは神との約束により、天上界より両親を縁としてこの地上界に生まれてきたということ。そして、慈悲と愛の心を持って、調和を目的に人々と互いに手を取り合って生きて行くことです。

そして如何なる場合でも、この神理に適う祈り心を忘れず持ち続け、実践を重ねて行くこと。具体的に云えば、物事に執着せず、愛憎の思いや果報的結果を望まず、あくまで心の世界、精神主体の活動に意を注いで行くことです。何しろ一〇パーセント以下の意識量しか与えられていない私たちですから、それはなかなか難しいことです。しかし、己のカルマを自覚し、少しでも修正しようとする大目的があることを思えば、それも止むを得ません。

 

私は本年の目標として、先月号にも書かせて頂きましたように『人の為に尽くせる慈愛の心と実践』  「祈り心」を持って  を挙げさせて頂きました。

誰もがお正月になると、一年の計は元旦にありと申しますように「今年一年はこういう風に生きよう」「今年はこんな事に挑戦してみよう」と自分の心に誓う人が多いと思います。

仕事でもそうですが、目標や計画が曖昧(あいまい)だったらなかなか思うように事は進んで行きません。ましてや、自分の生き方となりますと心は一念三千でコロコロと変わりますし、その場その場で自分の都合のよい生き方になってしまいます。

それだけに、自分の生き方、人生の舵を取る自分の心をしっかりとつかんでおかないといけませんし、どちらの方向に行くのかしっかりと見定めておくことが大切です。言葉で言うのは簡単なことですが、自分の心をつかむと云うことは大変なことです。 何故なら、唯心所現(ゆいしんしょげん)、想念はものをつくるといって、全ての行為は心が生み出すのですが、心は手でつかんだり、形に表すことができませんので、ついつい目に見える出来事や行為に一喜一憂して一日が終わってしまうという連続になってしまいます。

 

その中でも厳密に言うと、やはり自分が大切にしている生き方を選んでいるはずです。

そうなると、自分は一体何を大切にしているかということを自分の心に問いかけなければならなくなってきます。言葉で考えても駄目です。結論を急ぐことなく、日々の出来事を振り返って、そこに動めく自分の心を注意深く見る必要があります。

私たちは誰もが「幸せになりたい」「生き生きと生きたい」そう願っているはずです。しかし「幸せ」とは何か、「生き生き生きる」とはどう云うことかと改めて問われると、戸惑う方も多いことかと思います。

前述にもありますが、想念はものをつくる、色心不二で「幸せ」導く舟頭さんである自分の心が何を大切にしているかが大きなポイントになってくることは間違いありません。

 

さあ皆さんは何を大切に生きていますか。自分の立場や利益やメンツですか? 人の幸せに尽くすことですか? 結論を急がずに考えて見て下さい。おそらく心は、コロコロとその場その場で自分の都合のいいように絵を描いて行き、多重人格を生きていることになりますが(このことすら気付いていない人が多いのですが)、それだけに常に新しい気持ちで日々を生き直すことが大切になってきます。

なかでもお正月と云うのは、新しい年を迎え誰もが「今年こそいい年でありますように」と祈願したくなります。しかし、お正月に限らず、こころ定まった今から「人の為に尽くせる慈愛の心で生きたい」と神に祈り、守護・指導霊に祈り続けることが大切なのです。

祈り心、願いの強さがカルマを克服して行く大きな力となることは確かです。

イエスという人は、常に神への感謝と祈り心を持って生きられたと聞いています。愚かさいっぱいの人間、一人では生きられない人間、それでも誰の心の内にも「慈愛に生きたい」という善我の心が宿っています。

馬鹿でもいい、失敗ばかりでもいい、「神の子として慈愛に生きたい」とただひたすら神への感謝と祈り心を持って生きられることを切にお願い致します。

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