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時の言葉
Word at time

2019年9月 一日一生

肉体と心は通常は密着して生活している。このために肉体は心、魂の乗り舟であるという認識がなかなか得られないものである。

先日、私は、肉体上の死に見舞われた。大阪から四国に赴き、講演旅行した際の出来事である。徳島の宿で、私の魂は私の肉体から完全に離脱してしまったのである。心臓が止まり、呼吸も停止してしまった。行を共にしてきた皆さんはコトの意外さ、重大さに戸惑い、医者に診せようかどうすべきかを迷われた。早大のS博士とともにM・Iさんは「守護指導霊の方はいったいどうしているのか。こうして四国まで来て人々に正法を説いておられる先生をして、こうした事態に追い込むなんてあまりに無慈悲、愛もないではないか……」と、心の中で思われた。肉体を離れた私自身(意識)は、私の肉体のすぐ近くで、こと切れた私の肉体を眺め、一方では皆さんの心のうちが手に取るように分かってくるのである。

 

三十五年前、私はこうした体験を繰り返しやらされている。この時は、肉体の自分ともう一人の自分の認識を深めるためにやらされた。私はこの時以来、もう一人の自分とはいったい何者であり、また人間はどうしてそうなっているかを追い求めてきたのである。その結果は、肉体と魂(もう一人の自分)は本来別々のものであり、肉体は単に魂の乗り舟にしか過ぎない、ということが分かったのである。

 

しかし、今回の体験については前々から警告を受けていた。前月号で『人間らしく』と述べておきながら、私は、私の肉体を酷使してきた。私には日曜も祭日もない。睡眠時間は一日三~四時間足らずである。今回の場合は、講演、現象実験、個人指導、環境の変化といった体力の消耗と、これまでの体力酷使が重なったため、弾性の限界を超えてしまった。言うなれば私に与えられている体力の限界を超えてしまったために、三十五年前の経験が再現されたわけである。私は私の肉体に戻ろうとしたが、入ることが出来ない。まるで霊子線が切れたような状態であった。GLAのこと、事業のこと、家庭のことが私の脳裏をかすめていった。私自身は、あるドームの中に立っている。ガーン、ガーンという音の振動が私の意識体の五体を震わせた。そうしているうちに私の肉体にイエス様が入り、語られ、その後、私は私の肉体に戻った。この間、時間にして約一時間くらいであったろうか。

 

今回の体験で得たことは、一日一生の心構えで毎日を過ごすということであった。同時に、色心不二という中道の心がいかに大事であり、精神と肉体は人間である限りその調和は欠くことのできないものであるということを再確認した。

 

(一九七一年十二月掲載分)

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