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高橋信次先生講演
Lecture

道について(1)

本日の講演は〝道〟という題で説明したいと思います。

私たちが生活する環境の中においても、道というものにはいろいろとあります。

まず、自動車をみますと、これには道路交通法というものがありまして、ルールをちゃんと作ってあります。一方において、空の方にもルールがありますが、最近は航空機事故が非常に多くなっております。鉄道もまた同じです。これにもルールがちゃんと存在しております。かつて私が飛行機に乗っていたときは、航法というものがありまして、気流とかいろいろな気象条件というものを規準として、飛行機の通る道をちゃんと明示してあります。それにもそれぞれの厳しいルールがあります。

 

しかし、私たちの人生におけるところの心というものに対する道というものが、いつの間にかわからなくなってきております。それが〝末法〟という時代です。人間の心の内というものは、人間の知恵によって変えることが出来ません。道路交通法にしても、あるいは空と飛ぶ航法にしても、この法というものはある程度自然というものを規準にしますが、人間の知恵が作り出すものです。しかし、私たちがこの地上界に生まれてきて成すべき道というものは、人間の知恵が作り出すっものではありません。先ほどもT弁護士が説明しておりましたように、調和された大自然が人間の在り方を教えているんです。

 

しからば、人間の道とはいったい何でしょう。

 

インドの時代に、ゴーダマ・シッタルダーは〝生老病死〟という、人間の生まれてきたこと、病気をする、年をとる、死ぬ、というこの四つの問題は苦しみである。その苦しみを除く道、それにはどうしたらいいのだろうかと追及し、三十六年間かかって悟り得た道が〝八正道〟という道だったのです。それが先ほどT弁護士が言われた、調和への道なのです。

 

そもそも、今から二千五百有余年前におけるところの仏教というものは、プラーストラーと言いまして、〝悟りへの道〟ということです。

しかし、二千五百有余年後の現代におけるところの日本の宗教というものは、全てが他力本願です。正しい人の道というものは、他力によって得られるものではありません。人間の心と行いというものがどういうものであるか、あくまでも人生におけるところの苦しみというものは、自分自身の思うことと行うことが、正しいルールに適っていないときに苦しみが起こるのです。プラーストラー悟への道というものは、即ち、我々自身が、この地上界に生まれてきたところの目的と使命というものが、どういうものであるかということを悟る道なのです。

 

しかし、我々はこの地上界に生まれてしまいますと、本来100パーセントの心というものが90パーセントは潜在してしまいます。そのため、次元を超えた世界、あの世という本当の世界、実在の世界を忘れてしまいがちなのです。心が曇れば曇るほど、次元を超えた世界というものが曇ってしまいます。あたかっも人類の作り出した物質文明が、公害を作って太陽を阻止しているのと同じです。我々はまず、間違った道というものは人間自身の知恵が、人間の我がつくり出してしまったということを知らなくてはいけません。仏教も二千五百有年余の間に、いつの間にか一生懸命お経をあげれば救われると、あるいはまた、神社仏閣にお参りすれば救われる。病気になるとつい頼りたくなるとなってしまいました。

 

まずこのような不調和な結果に対しては、必ず原因があるはずです。その原因がどこにあるかということを悟ることなく、結果だけで目先真っ暗なのが現代社会の人々です。現代社会におけるところのあらゆる精神的な面を通して混乱も、物質的な文明というものの奴隷になりさがっているところに原因があるのです。

 

(次号に続く)

 

この稿は、昭和47年12月10日、関西本部定例講演会での内容をテープより書き起こしたもので、一部加筆・修正を加えてあります。  〈文責=編集部〉

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