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時の言葉
Word at time

2016年07月 中道と悪魔

私はさきに悪魔の非道さについて触れた。悪魔に犯されると、人は善なる自分を失い心の自由さを放棄することになる。悪魔は私たちの心の中に、いつでも入り込もうとして、虎視眈々と狙っている。悪魔に魅入られてはならないのだ。 悪魔についてもう一度触れてみたい。 私たちの身近には善人の仮面をかぶった悪魔がいる。悪魔に憑かれると、他人を見下し、恰も自分が善人のような錯覚に陥ってしまう。正道を口にしながら他を誹謗し、正しく素直な人々を罪に陥れようとする。人から注意されると、自分が他を誹謗したことを忘れ、反省することもなく自己弁護してしまう。増長慢の心が常に自分を支配しているため、心は不安定である。善と悪が交錯し、悪い時には動物霊が背後にいて、霊眼、霊聴などの現象を見せ、本人の心をして、いかにもそれが本物の映像、声のように思われてくる。そのため、本人の心は、もともと増長慢が下地になっているので、正、不正の判断がしにくくなり、言葉巧みに、不平不満や混乱を企てるようになってくる。主観的、客観的な善なる自覚を失ってしまうのだから恐ろしいことである。 悪魔から自分を守るには、正道のフィルターを通すことが大事である。正道のフィルターは中道の尺度である。自分の置かれている立場をいったん捨てて、自分を客観的に眺めることである。そうして、それは何も五官の世界のみでなく、あの世からの誘惑についても同じことが言えるのである。これが出来ないと、何が正しく、何が不正であるか、善と悪のケジメさえ分からなくなってしまう。 悪魔は、もともと執着と欲望の塊であり、他人はもとより、憑かせている本人の心さえも狂わせていく。血も涙もない非情なものである。しかし、こうした悪魔に憑かれるには、憑かれるだけの原因がなければならない。 怒り、愚痴、ねたみ、嫉妬、謗り、足ることを忘れた欲望という想念行為がつくり出すものである。こうした心は、眼や口や耳を通して、外から入ってくる場合もあるし、不平不満の自らの心がつくり出す。善も悪も、自分の心の在り方がつくり出した天国と地獄であり、一念三千の心の方向が、その人自身の意識界をつくっているわけである。 「私は一所懸命正法流布に活動した」と吹聴した時には、すでに自己保存の自分にかえっている。不平不満は報いを求めようとした時から始まる。したがって、悪魔のささやきは誰の心にも聞こえるということを知ってほしい。正見、正思、正語、正業、正命、正進、正念、正定こそ中道のフィルターであり、感謝と報恩の行為をしている者には悪魔は近寄ることが出来ないものである。(一九七三年八月掲載分)

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