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時の言葉
Word at time

2016年09月 足ることを知る

人類が自己保存と欲望の渦の中で右顧左眄する限りは、不安と混迷の社会生活は永遠に解消しないだろう。欲望にはこれでよいとする限界がないからである。人間の心が宇宙の広さを持つように、欲望のエネルギーも実はその限度を知らないのである。 不安と混迷の世界から解放されるには人はどうすればよいか、どう生きたらいいのだろう。それにはまず「足ることを知った」生活を送ることなのである。人間は、いくら力んでも、頑張っても、百才まで生きることはむずかしい。この世の物を全部一人占めしてもあの世に持ち去ることはできない。生まれた時が裸なら、死ぬ時も裸である。そうだとすれば、生きてゆくのに必要な物さえあれば十分ではないだろうか。 「足ること」というといかにも古いと言われるかも知れない。洋の東西を問わず、かつての小市民の生活は、言わばその分を守らざるを得ないような形で我慢を強いられ、権力におもねなければ生きてはいけなかった。戦後の我が国は、言わばこうした抑圧された生活の反動として外国にも見られぬ自由国?が生まれたが、不安と混迷は戦前よりも激しいと言えよう。積極的意味での「足ること」を知らないがために、こうした結果が生じたといってもいいのである。 私の言う「足ること」とは、正道を知った生活なのである。人生の目的と使命を悟り、中道という大自然の法に則った生活を指しているのである。 労使の対立は、その双方に「足ること」を知らないがために起こる現象である。一方はできるだけ安く、一方は物価騰貴を理由に賃上げを要求する。このために争議は年中行事化し、物価をますます引き上げる要因を作っている。一会社は人体と同じであり、人体の健康管理は、運動、休息、そして無理のない生活にある。経営者は利益が上がれば待遇を改善し、社員はそれに報いるために一層努力する。感謝と報恩、そして努力と勇気は、やがては新たな知恵を生み出し、会社をより安定へと導いてくれよう。産業の栄枯盛衰は時代の流れでいたしかたないが、労使双方が「足ること」を知った協調協力の実の上がっている会社は、転業も容易に行うことができるだろう。 このように「足ること」とは我慢ではない。抑圧された生活でもない。伸び伸びとして、人間らしい安心した生活を生むためのものなのである。人類の意識がこうした生活を通して向上され、不安のない生活が送られてくるようになると人類はさらに高次元の意識社会の在り方を目指して進むことができるようになるだろう。 (一九七二年八月掲載分)

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