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時の言葉
Word at time

2017年04月 天を相手に

人が集まり、行動が組織的になってくると、その組織や人の行動が気になりだす。そうして、肝心かなめの正法がどこかへ行ってしまう傾向になりやすい。 人の噂や中傷に気をとられ、その噂や中傷に心をゆだねると、最早正法を学ぶ者とはいえなくなる。なんとなれば、正法を学ぶ者は、いつどんな場合でも、法を尺度に生活の中に実践して行く者であるからだ。 集団生活や組織というものは、この地上界に生きていく上に欠かせないものだが、さりとて、これにウエイトがかかると、自分を失いがちとなる。 なぜなら、自分の周囲に現れる諸現象は、自分の心を育む材料にすぎないからだ。これはどんなに世の中が進み、調和された姿が現れたとしても、その基本的態度を変えてはならないものである。調和の姿というものは、これが完全というものは本来望み得ないものだし、調和が進めば進むほど、より高度の調和が私たちを待ち受けているからだ。 また、この宇宙を認識し得る意識は何かというと、ほかならぬ各人の意識であり、心である。そうして、その宇宙の存在を理解できるのも各人の魂だ。これをもっと平易に説明すると、私たちは眠っているときは、鼻をつままれても、躰をつつかれても分からない。目覚めてはじめて自分の存在を認識し、昨日のこと、今日のことが理解できる。つまり、自分という意識があって宇宙の存在が理解できる。これを逆に言うと、宇宙は自分がなければ存在しない。さまざまな諸現象は自分があるからそれをとらえることができる。 こうみてくると、自分以外の諸現象は、自分の心を育む材料であり、その材料の中に自分を没入させると、自分を失ってくることになろう。自己という存在は、大自然という中道の法の中にこそ生きているものなのだ。人の噂や組織に気をとられ、それに心を振り回される愚を、正法を学ぶ者は犯してはならない。つまり、私たちの大事な対象は、人や組織ではなく法なのである。 ある人はこんな名言を吐いている。天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず。これは平等を言っているようだが、もう一歩進めて、人を相手にせず、天を相手にするとき、人の心は大きく広いものとなり、人を許し、自己に厳しい法の実践者になってくるものである。 (一九七四年七月掲載分)

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