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今月の課題
This Month's Problem

2016年07月

本部長 岸田 守

正法は万古不変であり、いくら年月を経ようとも、いつでも新しく、私たちを導いてくれます。原点に戻って学びを深めていくために、今月は、平成六年七月号に掲載された、岸田本部長ご指導の要旨を再掲載させていただきます。 総(すべ)てのものは縁によって生じ縁によって滅する。人の魂は神理から始まり、神理にしたがって永遠の進化を続けてゆくものである。が、進化の途上において神理から外れた生活行為を人は生み出していく。その原因は何れにあるか。人生の苦しみ悲しみは、自らの心がつくり出した、云わば心の陰であり、その陰は五官六根を縁とするところにあるのである。 人がこうした苦悩から解(と)き放たれるには、八正道という中道の心を目標にした実践行為しかない。五官六根は一方において執着を生み、執着は足ることを知らない心がつくっている。心の安らぎを求めるならば、まず足ることを知った生活、執らわれのない生活、人間として神理に即した義務と責任を果たし得る自覚が必要なのだ。 今、この場は民族を越えて人々が集まっている。人類は皆兄弟だということを如実に示している。この事実を、下界の人々に知ってもらはなくてはならない。あなたがたの使命は重大だと云わなければならない。…… これは「偉大なる悟り」を遂げたゴーダマ仏陀が、三十六年ぶりに梵天界で説法したという、約一時間の説法(梵天界での自覚)の要訳です。 そして、これも何回かお話したことですが、私たちがどう考えようと、どう理屈づけようと、どう弁解しようとも、自分の心から逃げ出すことはできないのです。 何故なら、心は己の宇宙だからです。だから、もし逃げ切ったとしても、その逃げた先々で必ず自分の心を見ることになるのです。これは境遇や立場がどう変わろうとも、たとえ肉体が滅びて死のうとも、永遠の生命である心は変わることはないのです。 だから、私たちにとって最も大事なことは、浮き世の動きや暑さ寒さにもコロコロと揺れ動く己が心を、安定した不動の心にすることです。私たちはみんな神の子なのですから、みんな神性・仏性を持っています。高橋信次先生がよく云われたように、誰もが一分間の如来、十分間の菩薩になったことはあるはずです。 しかしその反面、多くの煩悩やカルマも持っていますから、多かれ少なかれ地獄や餓鬼・畜生・修羅のような心を起こすことも間々あるでしょう。 その両極に揺れ、また交錯(こうさく)する自分の心がつくり出し、受け取っている目の前の諸現象は、それこそ“幽霊の正体見たり枯れ尾花(おばな)”で、邪見も錯覚も多く、余計(よけい)に煩悩やカルマを騒がすことになりかねません。 いずれにしても、私たちが不動心を取りもどす、自己の確立をする、安らぎの心を得る、三昧の境涯になるということも、八正道の実践生活をするということも、その目指すところは同じです。 その意味で本年は、年頭から「正見」や「正思」など折にふれて八正道のお話をしてきましたが、今月は『正語』について少し書いてみたいと思います。 「正しく見る」「正しく思う」がそうであったように、「正しく語る」にも、中道の尺度を欠くことはできません。 “想念は物を造る”と云って、思うことは具象化します。文明も文化も総て思うことから出発して発明化されたものです。だから、思うことが自己本位に流れると、人々との調和を崩し、争いの種をまくことになるかも知れません。 しかもその思いが言葉になると、直接人々に伝わります。天上界は違いますが、この世はどう見ようと、どう思おうと相手にははっきり伝わりません。言葉になって初めて相手に伝わるのです。だから言葉は言魂といいます。言魂は光の波動です。光の粒子です。だからこの光の粒子を黒い想念で汚してはなりません。 たとえば、怒りで感情がふくれ上がりますと言葉はつい荒くなって、相手に悪感情をいだかせることになります。つまり、光の粒子に黒い想念を付着させるからです。 或いはまた、相手を見下す言葉や野卑な言葉、無慈悲な言葉を使っていると、いつしかその言葉に自分の心までが犯されて、相手の心を刺激し、争いの原因をつくります。 言葉は言魂であり、生きた波動ですから、謙虚な言葉、慈(いつく)しみの言葉、優しい言葉、思いやりの言葉、勇気ある言葉……など、正しく語ることの重要性は、人間が社会生活を営むかぎり絶対に欠くことのできない要件の一つなのです。 とは云うものの、中国の古話に「巧言令色鮮(すくな)し仁」とか「信言美ならず美言信ならず」という言葉もあります。 「あなたは素敵な人だ」とか「あなたは仏様のような人だ」などという甘い言葉には、一○%の意識で修行する私たちは弱いものです。 だから、経験豊富なはずの年配の人が、うまい言葉に乗せられたり泣き落としに落とされ、誑(たぶら)かされるという話をよく聞くのです。 また、いつもきれいごとを云い、建て前ばかりのうまい言葉ばかり吐いていると、いつの間にか正常な人間の感覚を失ってしまいます。この世は神が定めた万生魂の修行所で、私たちもまた修行者なのです。仏教では「忍土」というぐらいですから、そんなきれいごとやうまい話があるはずがないでしょう。 いずれにしても、私たちは金や損得のからむ話は極力避けて、もっと「足ることを知った」正法生活に心を向けて行きたいと思います。 以上のことを参考に、今月は正しく語ることを掘り下げて考えてみて下さい。 ご精進を祈ります。

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