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今月の課題
This Month's Problem

2016年12月

本部長 岸田 守

正法は万古不変であり、いくら年月を経ようとも、いつでも新しく、私たちを導いてくれます。原点に戻って学びを深めていくために、今月は、平成六年十二月号に掲載された、岸田本部長ご指導の要旨を再掲載させていただきます。 今年もいよいよ師走になりました。 言い訳はいずこも同じ十二月 (奥田白虎) あれもこれも中途半端で十二月 (岩田土筆) 奥田白虎編の川柳歳事記にこんな句がありますが、皆様の十二月を迎えられたご心境はいかがなものでしょうか。 今年こそは、せめてこれだけはと、かたく思い定めて新年を迎えたはずなのに、あと一カ月を残すだけとなって、よく来し方をふり返ってみると、やはり、あれもこれも中途半端であった、という思いになる人が多いのではないでしょうか。 仏教では、私たちのことを、思うこと成すことの全てがさかさまになっている、本来あるべき順序が失われて、めちゃめちゃになっているというような意味で、顚倒(てんどう)の衆生と申します。これは、私たちの持っている価値観や常識やものの考え方が、あまりにも三次元に片寄っていて、神の子としての人間性、神意に適う人生とは遠く離れているという意味だそうです。 勿論、今日まで「心行」を心の糧として学んできて、いささかの布施、持戒、忍辱、精進などの行も実践してきた私たちですから、娑婆意識そのままの人たちとは大いに違うでしょう。三次元を尺度とすれば及第点なのかも知れません。本年初頭から書きました八正道の、正しく見る・正しく思う・正しく語るも、三次元を尺度にすれば、私たちは実践できていると云えるのかも知れません。 しかし、正法の尺度はあくまで大自然の摂理です。少なくとも天上界の五次元(霊界)六次元(神界)クラスの意識が規準なのです。第一、皆様のお心の中に潜在している善我、皆様が毎日対話をしておられる「心の中にまします守護・指導霊」の意識と天上界の尺度は一致しているんです。それなのに、その中間にある表面意識(顕在意識)という日常生活をリードしている意識だけが三次元にとらわれていては、何事によらずうまく行く道理がないのです。 それでも、その一〇%の表面意識に、私には煩悩やカルマが一杯あって、本当に至らない、まことに未熟な人間です、という衷心(ちゅうしん)からの自覚があれば、たいして邪魔にはなりませんが、私は知っている、出来ている、或いは、少なくとも誰彼よりはましだ、という増長慢や自惚(うぬぼれ)があれば、天上界と己の善我との交流を断ち切られて、天上界との対話の余地がなくなって、自我意識一杯の人間になってしまうのです。 これは今日までに再三お話してきたことですから、皆様もよくご承知のことと思いますが、重ねて申しますと「知っているということと、そうなる」という事は全く別のことです。そうしたい、そうなりたいという気持ちは誰もが持っているはずですが、私たちにはなかなかそうさせない放逸(ほういつ)という慣性があります。高橋信次先生はこれを『己心の魔』と云われましたが、私たちはこの「まあええわ、何とかなるやろう……」という放逸の慣性を乗り越えなければなりません。先生流に云えば「己心の魔に克(か)つ」という克己心(こっきしん)を持つことです。 以上、皆様がこの年末を迎えて、この一年間は、或いはこの一生をふり返って反省されるときの心構えを少し書かせてもらいましたが、反省は神が神の子人間だけに与えた特権です。換言すれば、大宇宙を貫き支配している神の意識、慈悲と愛の心に、私たち自身の心を立ち還らせる、一歩一歩近づけるための心の行い、実践と云えるでしょう。 だから、反省は誰に云われることもなく、遠慮する必要もなく自分の思いのままにできる実践ですが、それなのに、反省の成果ほど広く周囲に善を及ぼせるものはないのです。そういう意識をふくめて先生は「神が人間だけに与えた特権です」と、わざわざ「特権」という言葉を使われたのです。 いずれにしても、反省は私たち一〇%で修行する人間には欠くことのできない大事な実践です。反省のない正法実践はあり得ないと云っても過言ではありません。 だから私たちの想念帯、生まれてから今日までの想念行為の一切が記録されているという『想念帯の記録』には、信次先生が「一〇%だから間違っても不思議ではない」と云われた間違いが一杯あるはずですから、その赤字の記録を金字に換える反省もしなければなりません。と云っても、反省は己の善我の心に問う心の行で片付け仕事ではありませんから、ひとつひとつ心静かに深く反省して下さい。 諺(ことわざ)にも『一事が万事』と申します。真剣に深く反省して、本当に自分の愚かさに気がつけば、もつれた糸はおいおいほどけて行くはずです。 そしてもう一つの大事は伝道です、広宣流布です。布施・供養・奉仕……と一連の善行の中でも第一と云われる正法の布施「法施」です。 よく、正法の理解がまだまだ至らないとか、まだ自分が至らないからと、伝道を逡巡(しゅんじゅん)される人がおられますが、どんな御馳走でも一人で食べるより沢山で食べる方が美味しいはずです。いや、自分の食べる量をけずってでも人にも差し上げるのが人情です。 世界は一つ人類はみな兄弟とか、袖ふれ合うも他生の縁、という諺がありますが、少なくとも私たちが、出来れば正法を伝えたい、仲よく一緒に修行したいと思う人々は、縁生の中でも最も身近な因縁のよく似た人々で、その伝道を通してそれがよく分かってくるし、ひいてはお互いの視野もより広くなって行くはずです。今年一年、どれだけその伝道に心を向けられたかも重要な反省のポイントでしょう。 どうぞしっかり反省して下さい。そして新しく希望に満ちた新年を迎えられますように心から祈っております。

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