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今月の課題
This Month's Problem

2017年04月

本部長 岸田 守

正法は万古不変であり、いくら年月を経ようとも、いつでも新しく、私たちを導いてくれます。原点に戻って学びを深めていくために、今月は、平成七年四月号に掲載された、岸田本部長ご指導の要旨を再掲載させていただきます。 私たちは、誰でも「いったい人間は何のために生きているのだろうか……?」或いは、「私は何故こんな苦労をしなければならないのか……?」などの疑問をもったことが、何度もあるでしょう。 それは何か抜き差しならぬ問題にぶつかった時や、なにか人生に疲れきった瞬間に起こる想いでもあるでしょうし、その反対に、幸せな生活の中で、かえってその幸福に倦怠感をおぼえて、そんなことばを洩らしたくなるのかも知れません。 しかし本当は、私たちがこの世に生まれてくる(転生する)以前の天上界の精妙な波動と、この世の荒い波動の違いがその疑問の原因で、天上界も、次元の高いところから出て来た魂ほどその差が大きいから、何故、ナゼ……という疑問が起きることが多いはずなのです。 高橋信次先生著の『人間釈迦』にも ……これら悟道を得た人達の第一条件は、なんと云っても自分自身が悟れる場所を選んでいることである。…… ゴーダマはそうした環境の中で成長していった。長ずるにしたがって多くの疑問をいだくようになっていった。 まず第一に、城内での華やかな生活、外に出ればカースト制度という一つの社会制度による厳しい身分の違い。シュドラーという最下級の奴隷は永遠に奴隷であった。宗教の世界でもマーハー・バラモンは大きな勢力を擁していた。 そのバラモンでさえ、道を説く者は支配階級の生まれでなければならなかった。下級の者は、いかに人格が高潔な者でもそれは許されなかったのであった。 ゴーダマは、母の顔すら知らない。物心つくようになって、自分を産むとアッという間に死んでいったマヤの姿をもう一度見たい、会いたい、という悲しみは長ずるにしたがってますます自分の心の中を占めていった。 同時に、人間の哀れさ、自然の無常さというものを正視せざるを得なくなっていた。カピラ城という王国の王子として優雅な生活はしていても、いつ隣国が攻めてくるか分からない。部下の中にもスパイがひそんでいるかも知れない。食べ物すら毒味してもらって食べるという不自由さである、精神面は不調和そのものであった。生への執着、生への悩みは、ますます心をさわがせていった。 もちろん、実在界から印度の地に生まれる際には、そうした精神的な動きを計算に入れて出てきている。 自分の環境がすべて整い、恵まれすぎてしまうと、知らず知らずのうちに堕落し、金持ち三代続かずのたとえのように、ゴーダマの場合は、身は王子として生まれたが、周囲の不自然な環境に心を奪われるように仕組まれていたのである。したがって、こうした心の動きがないと、この地上界における人間の役割も目的も忘れてしまうことになりやすいのである。 当時のカピラ城は、多くの兵士達によって内も外も固められ、城下町も結構栄えていた。しかし、青年ゴーダマの心は、人間はなぜ生まれ、なぜ病気をし、なぜ年をとるのか、母親マヤの死によって、人間はなぜ死ぬのか、という四つの問題につき当たっていた。 青年ゴーダマは、心の中にこうした悩みをいだきながらも、踊り子の舞う姿をながめ、酒にひたり、その場を慰めていた。そうして、目を奪うような外見の華やかさのなかに自分を投げ入れようとさえした。しかし、そうすればするほど、心は空虚となり、四つの大問題は心の中でますます広がりをみせるのであった。…… という記述があるように、私たちこの世で修行する人間は、一〇%しか意識量がないかわりに、何故、ナゼ、ナゼという疑問がわいて、私たちが何故この世に出てきたのか、それ以前の住いの実在界(天上界)という処はどんなところだったかが、だんだん分かってくるように仕組まれているのです。 もっとも、お釈迦様や信次先生のような高次元の魂と、私たちの意識の次元は違いますが、その仕組みは全く同じですし、それぞれに守護・指導霊がついて、そのことに早く気付くように常に加護して下さっていることも全く一緒なのです。 その上、私たちは信次先生から人生の目的と使命を、文証、理証、現証の例証を示して説いて頂きました。則ち、「己の意識・魂を磨き、カルマを修正して想念を浄化するという目的と、神理正法を広く伝道して、この世に仏国土ユートピアを建設するという使命」です。 これは皆様すでにご承知のはずですが、あまりに容易(たやす)く聞いて実践が伴なわないために、かえって身についていないのでしょうか。だから信次先生は、人生の目的と使命を説きながら、「私の話をウノミにしてはいけません。疑問をもって下さい。そしてその疑問を解明していく、その疑問解明、疑問解明を重ねていって、やがて真実に到達するのです」とおっしゃったのです。 そのことを『人間釈迦』には、 ……早くから正法を学び、あれこれ知識として分かっていても、実践の伴なわぬ者は、いつになっても悟ることができぬ。正法は信と行との車の両輪と同じように、まず信じたならば行ずる。行ずるとさまざまな問題にぶつかって疑問が生まれる。疑問は、行ずる者には必ず解決されるように仕組まれているのである。 解決されれば、理解は一層深まり、信の心は広く深くなってくる。こうして、信と行は、いよいよその幅をひろげ、安らぎの悟りへと導いてくれるのである。…… と説かれていますし、『心行』の前書きにも、「正法は実践の中に生命が宿る」とあるように、行ずることのない正法、実践のない正法は、絵に描いた餅で、正法とは全く異質のものになってしまいます。 今年はこの点を特に留意して頂きたいのです。 正見、正思、正語に始る八正道は、魂の向上、家庭および地域の調和につながる第一歩です。自己本位のものの見方や行為、してはならない事だと分かっている思いや行い、それらを改め行即光の実践をしていくことです。 優しい言葉や思いを忘れないようにしましょう。人が変わるのを待つのではなく、先ず自分が変わっていくことです。そのためには感謝できる自分になることです。自分のことではなく相手のことに心を向けていき、人の気持ちになってあげられることが非常に大事なことです。 自分が自己本位な人間だと自覚し、一歩下がって行けば必ずその成果が出てまいります。そのように努力してもまだ調和が保てない時には、相手の方の守護・指導霊に頼み、光りを送っていく、そのような気持ちになって頂きたい。それぐらい相手を思いやり、人々に感謝していくことに徹底的に心掛けて下さい。 また、自分と似たところを見つけ出して下さい。自分の心の鏡ですから、相手の方の出される言葉や行動を通して自分の直すべきところに気づきますから、自分を変えていく原動力になります。

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