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高橋信次先生講演
Lecture

心行の言魂(40)

一九七五年九月 著

(前号より) 一方、意志が弱いのは何が原因か。 前述と同じように、各機能の単独の働きにあるのですが、その働きが、浅いために起こります。 つまり、知性を通していろいろ考える、そうしてこれはよいと判断し意志につながり、行動を起こしても、他の人から耳よりな話をきくと、それに動かされるからです。行動を起こす際の思慮が浅いから、意志も弱くなってきます。 感情で意志を働かせている場合は、その典型といってもいいでしょう。 意志の強弱は生活環境に左右されてつくられます。 大過なく人生を渡っている人の意志は比較的弱いです。強い意志を生活上にあまり必要としないからです。これは子供の頃のわがまま、過保護が習性となり、根気にとぼしいからです。 反対に、意志の強い人は、苦労人に多いのです。意志の決定は生活に直接ひびいてくるので、決定後の変更をしていては計画を遂行することができないからです。 立志伝中の人をみると、この点がよくわかります。 心の各機能は過去世の影響を受けているわけですが、この意志についても同じことです。 意志が弱いと物事が中途半端になり、魂の成長を自らとめてしまうことになりますから、その原因をまずつきとめ、さまざまな機会を見つけ、意志を鍛錬することです。 意志を強くし、しかも周囲と調和させるには、心の各機能を働かせ、意志につなぐことです。 周囲の調和と自分の意志というものは、必ずしも一致しないものですが、こうした場合は時を待つことが必要です。 丸く豊かな心は、中道という片寄りのない、客観的な見方、思い方、言葉からつくられて行くわけですから、そうした方向に、智慧を働かせて達成させたいものです。 心の機能の大略は以上ですが、さて、正定の反省は、このようにして、正しい想念を軸として行われることが必要です。 反省後の瞑想は、心を豊かに安定させます。 心のバイブレーションは神の心に近づいて行きます。 心が落ち着き平静になりますと、守護霊の通信をうけやすくなり、示唆に富んだ考えが腹の当たりから浮かんでくるようになります。 平静な心を生活の場に保ちつづけますと、外界の動きに心を動揺させることがなくなり、外界のさまざまな動きを正確にキャッチすることができます。 心を内に向け、外に向けるなということは、外界の動きに心をとらわれず、これらをすべて心の糧とすることです。 誰かが自分を中傷したとします。心が外に向いているときは、すぐそれに反発し、心をいらだたせます。ところが内に向いているときは、その中傷を平静にうけとめ、冷静な立場でその中傷の中身を考えます。もし自分に非のないものとすれば、中傷した人は真実を知らぬ気の毒な人であるわけですから、誤解を解く機会がなければ相手のために祈ってやることです。中傷の中に自分を置くと、それだけ心を不安定にさせ、生活のバランスを崩してゆきます。毒は食わないことでありますが、中傷という一つの事柄を通して、人間の心の姿を知る機会ができたのですから、心が内に向いているときは、すべてが心の糧になるということです。 こうして、正定を重ねていきますと、やがて、静(心)と動(生活)のバランスが保たれ、不動の心が養われてきます。 つまり、正定の目的は、一つには中道に照らした反省にありますが、今一つは、その静なる心を日常生活の中で活かしつづける不動心にあるということです。 かくの如き 正法の生活の中にこそ 神仏の光明を得 迷いの岸より 悟りの彼岸に到着するものなり このときに 神仏の心と己の心が調和され 心に安らぎを生ぜん 心は光明の世界に入り 三昧の境涯に到達せん 正法とは、正しい法、万古不滅(ばんこふめつ)の神の理、宇宙の法則をいうのであります。 その法則とは、ものにはすべて転生輪廻という循環の法があり、その法自体が、万物万生を生かし、慈悲と愛に満ち満ちているということであります。 地球は太陽の周囲を回っています。極微の原子も、原子核を中心に陰外電子が回っています。一日が終われば、また明日がやってきます。人は生まれれば、やがて死に至ります。善の行為は善の結果として返ってきます。 こういう原則を、循環の法といいます。 したがって、人間の日常生活も、こうした法に乗った生活こそ、大事であるわけです。 (次号へ続く)

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