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高橋信次先生講演
Lecture

心行の言魂(45)

一九七五年九月 著

(前号より) 少なくとも人びとの悲しみを取りのぞき、人びとの喜びをともに喜べる菩薩の心にまで人びとの心が向上するならば、三昧の真意も明らかになってくるでしょう。菩薩の禅定は第七に位置し、あの世とこの世の、求める者に光を与えることができる禅定です。もちろん、これにも段階はありますが……。 いずれにしてもこういうように、三昧の心は、私心という執着から去った己自身の確立されたときに得られるものであり、それには正法にそった生活が必要であるわけです。 人は好むと好まざるとにかかわらず、正法を心身に具現してゆかなければならないことを、この際、肝に銘じて下さい。 この諸説は末法万年の神理なることを悟り、 日々の生活の師とすべし 二千五百有余年前の釈迦は、やがてこの仏法はその力を失い、法灯は消えうせ、無明の世界をつくっているであろうと予言しました。 仏教は口伝えされ、文字となり、中国に渡り、日本に定着しましたが、その間に仏教はいつしか哲学となり、学問にかわり、むずかしい経文となってしまいました。このため、仏教は法力を失い、仏教者までが、生死の意義すらわからなくなり、檀家相手の葬式仏教にかわってしまいました。 釈迦が説いた仏法、すなわち正法は今日、予言通り末法と化してしまったわけです。 本来、正法は、この大宇宙の成立と同時に生まれたものであり、人間も正法者として、大宇宙とともに、無限の進化を求めてこの地上に生まれ来たものです。それが転生輪廻を重ねるにしたがい、自己保存という自我がめばえ、物質至上の世界をつくり上げてきたのです。何回となく繰り返されたノアの方舟(はこぶね)現象にもかかわらず、人類は性懲(しょうこ)りもなく、物質の奴隷となり、ここ一万年の間にもモーゼ、イエス、釈迦をはじめとした大指導霊によって正法が唱道されながらも、時がすぎると、またもとのもくあみとなり、末法は万年の長きにわたって続いてきたのであります。 しかし万年にわたって末法が続いたとしても、正法という大宇宙の神理は永遠にわたって消えることはないのです。大宇宙が正法から外れたときは、大宇宙の終わりを意味するからです。地上は末法と化しても、大宇宙は、それを静かに見守っています。物質の奴隷と化しているとはいえ、人類はやがて目覚めるときがくるであろうと、神仏は、その経綸にしたがって、大宇宙を創造しつづけているのです。 しかし、物質の奴隷と化している間は、人類から苦悩を抜き去ることはできません。人類の目的は、正法という調和にしか、生きる権利も、義務も、責任にしても与えられていないからです。調和を外れた生き方をすれば、人類にはその分だけ苦悩がついてまわります。 「この諸説は末法万年の神理」とは、以上のような意味を持っており、人類が物質に、自己保存に執着を持つかぎりは、末法は万年にわたって続いてゆきます。しかしそれにもかかわらず、正法神理は生き続けているのであり、人びとが苦界から脱したいと思うならば、正法にそった生活を心行を日々の生活の師として、学び、努力されることを望むものです。 正法は誰のためでもない、 あなた自身のためのものです。 そうして人類全体にそれを及ぼしてゆくものです。                           (おわり) 永らく掲載してきました『心行の言霊』は、今月号で終了となりました。 次号からは、心行の要点をまとめられた『心行の概説』を掲載いたしますので、もう一度心行を深く理解して頂くためにも引き続きご熟読ください。

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