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高橋信次先生講演
Lecture

心行の概説(2)

一九七五年九月 著

(前号より)
物事にはすべて柱というものがありますが、「心行」の柱となるものは、
大自然という神の心
永遠の生命体を維持している循環の法
慈悲と愛 この三つです。
この三つが「心行」を形作り、私たちを生かし続けているものなのです。
「心行」はそれ故に、心の教えであり、生活の規範です。
したがって、これは暗記するものではありません。これを理解し、実践してゆくものなのです。実践の過程を通して、私たちは、大宇宙の中道の心に調和され、真の安らぎが体得できるものなのです。
ところで、言葉というものは波動です。経文の読誦はただ読み上げるだけでは意味を持ちません。経文の意味を理解し、実践している者が読誦するときは、その言葉の波動はあの世の金剛界にまで通じ、人びとを感動せしめていくものであります。
言葉は本来、言魂といって、もともと光の粒子から出来ており、言葉を発する人の心の在り方いかんで、言葉の一つ一つが、光の玉となって、空間に流れ出ていくのです。光の玉はふつう肉眼ではわかりませんが、霊視のきく者、あるいは四次元の世界から見ると、この点は実にはっきり見えます。
人の話に感動する、ないしは笑いや怒りが出る場合は、話す側の心と、これを受け取る人の精神状態によってちがってくるでしょう。しかし、純な心で話す場合は、これを受け取る側に邪心があっても、大抵その邪心は消えていってしまいます。話は筋が通ってわかるが、さっぱり気持ちがそれについていかないというものもあるでしょう。こうしたことは、話す側の心の在り方が、聞き手に非常に大きな影響を与えているからなのです。純な心は光であり、わだかまりがあると光が黒い塊りとなって相手に伝わって行くので、反作用を呼び起こすことになります。
ちょっとした寺にいくと釣鐘がある。あの釣鐘の音色もこれを打つ人の心によってひびきがちがってきます。ゴーンという鐘の音は誰が打っても同じだと思いますが、打つ人が常日頃、心の研鑽(けんさん)を怠っていなければ、その鐘の波動はあの世の金剛界にまで達し、その人に返ってくるばかりか、その鐘の波動は、人びとの心に伝わり浄化してくれるのです。経文の読誦、朗読というものも、まったくこれと同じです。正しい心と行為をしている者がすると、その声の波動は金剛界にまで通じ、再びその人にその波動が返って来て、心の統一、安らぎを一層、助長していくものです。
「心行」の朗読は、そうした意味では大切なものだし、しないよりした方が良いということになります。ただ、書かれている意味もわからず、おがめばご利益があるということでは駄目です。般若心経はどこでも読まれています。有難いお経であり、したがって写経も良いし、読誦もまたご利益があると伝えられています。しかしその意味もわからず、行為のないものが、朝晩これを上げても光は届きません。
今日の仏教は、経文をあげたり、写経をすること自体にウエイトがかかり、日頃の想念行為については問題としていないところに問題があるでしょう。
「心行」は、そうした意味において、中身をよく理解し、それを現実の生活の上に現わし、そうしてその心で朗読するならば、一の言魂は、二になり、三になって、心の安らぎを増していくでしょう。
こうした意味で「心行」の意味をよく理解し、夜休むときに、床の上で静かに朗読し、その日一日の想念行為を反省し、過(あやま)ちを正し、中道の心を養って行くことを望みます。
(次号へ続く)

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