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高橋信次先生講演
Lecture

心行の概説(5)

一九七五年九月 著

(前号より)

祈願文の解説

 

祈りは行為
祈願文について説明しましょう。
祈願文は、既述のように六章から成っています。このうち、第一章から第四章までが、「心」にあたり、第五、第六章が、「肉体」についての祈りの言葉です。
それですから、祈願文は、心と肉体、宇宙と人間の関係を、もっとも短い言葉で表現し、魂と神仏の一体化、己自身と守護・指導霊の調和をはかる、最も身近な想念であり、魂の叫びであります。
またこれを唱えるとき、人は、各人の心の調和度によって調和され、その調和した心で行為に移るときは、心の位置はいっそう高まってまいります。
まず第一章をあげてみましょう。

 

大宇宙大神霊・仏よ
我が心に光をお与え下さい
心に安らぎをお与え下さい
心行を己の糧として 日々の生活をします
(己の心に一日の反省をする)

 

さて、ここまでの第一章は大宇宙の全なる大神霊にたいして光と安らぎを求めています。
大宇宙は、生命発祥の母体であり、大宇宙なくして、我々は存在いたしませんので、発祥の母体に、まず光を求めます。
すると、その光は各人の心の調和度にしたがって降りそそいでくるのであります。
心から唱えますと、心に安らぎを覚えます。安らぎは、各人の魂・意識に光が伝わってくるためにおこる現象です。
光を身に受けたなら、大宇宙の正法の生活こそ宇宙の法に適うものでありますから、宇宙の経典、人間の経典である「心行」にもとづいた生活を送ります、と最後の節で宣言するのです。この宣言が、ひじょうに大事なところです。
ふつう祈りというと、お願いごとで終わる場合が多いようです。お願いすればなんでも適えられると思いがちです。これは人間の弱さ、もろさからくる迷いです。神と人間を切り離した迷信からくる自己満足です。
祈りというものは、人間が神の子としての自覚と、それへの感謝の心が湧き上がってくるときにおこる人間本来の感情であり、そうした感情が湧き上がってくれば、当然、これにもとづいた行為というものがなければならないからです。
祈りの根本は感謝であり、その感謝の心は行為となるものでなければ本物とはなりません。
大宇宙大神霊の光を求めると同時に、心行を己の糧として日々の生活をします、と唱えるのも、こうした理由からです。
また真の調和は、己の心を信じ、行うことにあります。そうして、信じて行う課程に“祈り”というものがあるのです。
正しいと思っても、間違いを犯すのも人間、善なる行為と信じても、相手のうけとり方いかんでは、不善と見なされる場合もあるかも知れません。
人間の想念、行為というものには、これが絶対正しいと自分では思っても、そうでない場合がひじょうに多いのであります。
そこで、人間は、神仏の偉大な救いを求め、その求めた中から生活するように心がけることが大事であり、救いも、またそこから生まれてくるものです。

 

日々のご指導、心から感謝します
祈願文の第一章の最後の節はこう結んでいます。
日々のご指導ということは、太陽が東から昇り、西に没する、春夏秋冬の転生輪廻、植物の生態、動物たちの生活………こうした姿というものは、われわれ人間にたいして無言のうちに正法の実体、実相というものを教えています。
人はパンのみにて生きるに非ず、まず自然の姿、人間の存在というものを静かにふりかえる時に、そこに、大宇宙、大自然の計らいというものを人間は知ることが出来ましょう。
自然の日々の教えにたいして私たちは、心から感謝の気持ちが湧き上がり、その心が第一章の最後の節となるのであります。

 

(次号へ続く)

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