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高橋信次先生講演
Lecture

心の在り方(7)

(前号より)

 

我々は、先ずそのお嬢さんに自分自身のものの考え方、心の在り方を教えていきました。

その人が二日目に一人で私の所に訪ねてきて、「一人でこんな所へ来るなんて不思議です。もう五、六年こんなことはありません……。」と言うのです。二回、三回と来ているうちに憑依霊は憑けなくなるのです。

台所の非常に湿気の多い暗い所へ、お天道様の光が入るように改造したのです。自分の中へ取り込んでいる心のスモッグを取り除いていったからです。そして今、その方はGLAの会員の方の所へ勤めています。

ただ大事なことは、〝なぜ〟〝どうして〟というような難しいことではなく、皆さんが今、思っていること、行っていることがいかに人生を左右するかということなのです。そして、片寄らないということなのです。

 

よく、仏壇とか神社で手を合わすことがあります。

手を合わせるということは、自分の身体の中の両極端、右の極端と左の極端、これを捨てて真ん中に持ってきて、中和、調和するということが本当の中道の道なのです。

皆さんがよく塩をまきますね。塩をまいて清めるとか言いますね。塩をまくというのは〝しょうがないから〟〝塩が無いから〟と言うことではないのです。これはあくまでも中和ということ、清めるということなのです。

塩はNaCIで塩化ナトリウムと言い、塩化ナトリウムはどうなっているかと言いますと、水酸化ナトリウムNaOHという極端なものと、もう一つの極端なHCIという塩酸、この塩酸の酸性と塩基性の両極端がバチッとくっつくとNaClという塩になるのです。

水もまた同じでしょう。H₂Oという水は、酸素と水素という両極端なものです。両方とも燃焼すると爆発するのです。その爆発性の物がくっつくと最も安定した水になるのです。

だから皆さんは、仏様に水をあげたり、神様に水をあげたりするわけです。お線香とかローソクとか、こういう物は本当はいらないものなのです。

 

それは、インドの当時、暗い所で講演をします。誰もが顔を見て講演を聴きたいわけです。みんなローソクを持ってきます。

今のような文明的なローソクではありません。灯明のような物を持ってきて、それをあげてその光によって皆さんに説法をしたのです。お線香をあげたのは臭いからです。

当時の人たちはお風呂には皆入らないのです。現代の皆さんはお風呂が大好きですが、インドの当時の人たちというのはお風呂に入らない。しかも、山中で修行している人たちは毒虫あるいは毒ヘビ、こういうものから身を守るために自分の身体に、いうなれば除虫菊のようなものをしぼって身体に塗ったわけです。

汗と両方ですから臭くてしょうがなかったのです。そこで、身体から出る異臭を消すために「センダンの香」というものを焚いたのです。これを発明したのがゴーダマ・シッタルダーシャカムニブツの十大弟子の一人、プルナーヤーヤンプトラーという難しい名前の人です。

それは、センダンの木を切って、これをきれいに細かくして乾燥したものを焚くと、その臭い匂いが消えてくれる訳です。

ですから、本来お線香というのは、そういう匂いを消すための香料だったわけです。ところが、現代ではいつの間にか仏壇には「お線香」と言うことになったのです。

 

人間というものは不思議なものです。仏様は仏壇にいる。お墓にいる。あるいはお寺にいるというようになってしまったのです。 本当にいます。神理を知らない人たちには、そこは地獄界を展開しているのです。皆さんが心の眼を開いて、お墓などに行ったならばビックリします。

たしかに、お墓にはもうすでに原子細胞の肉体でないはずなのに、まだ執着を持っている。死んだ肉体に執着を持ってお墓に行ってあげることが信仰だと思っているのです。

 

(次号に続く)

 

この稿は、昭和49年3月10日、関西本部定例講演会での内容をテープより書き起こしたもので、一部加筆・修正を加えてあります。

 

〈文責=編集部〉

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