ブログ

想念を浄化する

高橋信次先生は、人間の本体は心であって、その心を動かすものは想念であり、想念の浄化は自分ばかりか、自分の周囲をも調和させると説かれました。
なかでも「一念三千」と「知識と智慧」については明快に答えられ、想念の在り方が人それぞれの人生を大きく変えてゆくことを指摘されています。
また、この地上を調和させるものは、ほかならぬ私たち人間です。それだけにこの地上は、私たち一人一人の肩にかかっており、神の意をくんだ想念と行為が重要になってきます。
先生のご著書『心の原点』の中から、「一念三千」と「知識と智慧」について前号につづき掲載いたします。

 

智慧は無限大
本来、智慧とは何か。智慧とは生きた経験の集積である。その集積が、縁にふれ、折に触れて、時々刻々変化する事象に対して、通常はひらめきとなって、人によってはもっと具体的に、適切な判断となって現われてくるものだ。
智慧は、知識や頭脳の働きからは生まれてこない。智慧は、心から生じてくる。
頭にいっぱい知識が詰まっていると、智慧は生じ難い。知識が智慧の発現を押さえてしまうからだ。
智慧の宝庫は、潜在意識にある。潜在意識が開くと、智慧が流れ出してくる。
仏智という言葉があるが、仏智とは潜在意識の奥底から泉となって、表面意識に流れ出した偉大な波動であり光である。
見えない世界が見え、五官で判断がつかない問題が解けてきて、日常生活をより豊かにしてくれるものだ。

 

私の仕事は電気が専門である。電気のことなら、大抵のことはわかる。ところが仏教の知識は全然ゼロである。経文すら習ったこともない。学んだことのない仏教が、経文が口をついて出てくるし、その意味もわかるのである。
電話で顔を見たこともない、話したこともない人から突然相談をうける。するとその人の姿を見なくとも、電話に通じたその途端にその人の全貌がわかってしまう。
なぜわかるのだろう。人の潜在意識層には、みなそれぞれ魂の兄弟がいて、所謂、守護霊となって、その人を守っている。その人の生まれてからの人生を、その守護霊はみな知っている。私は、その守護霊から、様子をきくのでわかるのである。こうしたことは知識からは決して生じてこないだろう。今世の知識以前の生きた経験がそれを教えてくれるのである。

 

潜在意識は宝庫
人にはみな、過去世がある。転生輪廻の生きた経験が、人それぞれの潜在意識に内在されている。その内在意識が、心の窓をひらくことによって、流れ出てくるのだ。
既述したように、心の窓は、正道に適った生活をすることによって、ひらく。
すると、その人の過去世の経験されたものが、表面意識に流れ出て、人生の水先案内をしてくれるのだ。
もちろん、人の過去世はまちまちである。正道を学んだものもおれば、欲望の中で一生を終えた者もいよう。したがって心の窓がひらいたからといって、誰でもそうなるとはいえない。都会人に米をつくれといっても、田植え一つできないのと同じだ。過去で経験しないものは、わからない。しかし、こういうことは、いえるのだ。毎日の生活が、正道に適っており、そうして常に努力を惜しまない人であれば、守護霊のほかに指導霊がついて、その人の努力に応じたものを与えてくれる。だから、過去世で経験がないからといっても、心配するには及ばないのだ。
また、潜在意識をひらくことを霊道というが、霊道がひらかない者でも、智慧は湧いてくる。その人の毎日の生活が正道にそった生活をしていれば、である。

 

智慧のほかに、悪知恵というのがある。
世間には悪知恵を働かす者が非常に多く、そのために何時の世も常に不安と混迷から抜け出せない。
悪知恵は、悪魔とか、動物霊が人の意識を支配すると働いてくる。
自己保存、我欲、人のことはどうでもよい、という考え方が強くなると、こうしたものが憑依してくる。
悪魔や動物霊が憑くと、病気になりやすく、医者に行っても、なかなか治らないが、そうした病気という現象のほかに、人の心をあやつり、威張りたがる、人のものを横取りする、独占したがる、人情酷薄、というのもあろう。
人も十人十色ならば、悪魔や動物霊もさまざまなのだ。
仏智とか、守護指導霊から湧いてくる智慧は、調和である。人を生かす智慧である。人を陥れる知恵ではないのだ。
私たちはこの点をよく知って、正道に適った生活を送らなければならない。

 

(終わり)

PAGE TOP