草木は春になると花を咲かせ、やがて実を実らせ、秋の収穫期を迎えます。
この循環は永遠に不変なものです。
私たち人間も、この地球という環境の中で、人生航路の乗り舟である肉体を両親からいただき、この自然の恵みの中で成長し、やがて年老いて、自らが好むと好まざるとにかかわらず、この地上界を去って行くものなのです。
しかし、この地球上という場に肉体を持ってしまいますと、生活に結びついてくる物質や経済や名誉といったものがすべてと思い、それを得るところに幸せがあると錯覚を起こしてしまいます。そして、自ら苦しみの多い人生を送って行くのです。
しかし、本当の私たち自身は、いま心の中で思い、考え、判断している自分自身であり、それは永遠に不滅なのです。そして、肉体を支配しているその心の中に、普遍的な神の心が存在しているのです。
私たちには、絶対に自分に噓のつけない善我なる心があります。この善我なる心は、神の心と同通しているのです。その噓のつけない善我なる心こそ、偉大なる神の道に通じている自分自身なのです。ところが、肉体を持ってしまいますと、私たちの意識というものは、わずか10%しか表面に出ていません。そのために、目や耳を通して五感で得るものが、あたかも絶対のごとく思ってしまいます。その中からやがて、自己保存の思いが生まれてくるのです。その自己保存の思いが、いつか偽りの我を生み出してしまいます。
私たちは皆、短い人生の間により豊かな魂を作り、より調和された地球という環境を作るという大きな使命を持って生まれてきたのです。しかし、生まれた当時の美しい心は、やがてその環境や教育や思想や習慣の中で泥まみれになり、心にスモッグを作り、自ら苦悩という人生を送り、神の光を遮ってしまうのです。私たちの心の中には、偉大なる内在された智恵が存在しています。その内在された智恵は、善我なる心の中に存在しているのです。
その善我なる心を芽生えさせるために、人間として正しい生き方、人生の歩み方というものが説かれたのです。それが、二千数百年前、あの中インドにおいてゴーダマ・シッタルダ釈迦牟尼仏が説いた教えだったのです。
仏教の本質というものは、人間の生まれてきた目的と使命は何か、そしていま人間が何のために苦しんでいるのか、経済的、精神的、肉体的な苦悩から脱皮するためには、どのようにしたらいいのだろうかという、道を説いたものなのです。
ところが、その仏教も長い年月を経て日本に伝わってくる間には、中国でさらに難しく哲学化され、いつの間にか、仏教と言えばお経をあげ、お線香や灯明をつけることが信仰のごとく思われるように変わってしまいました。
そもそも仏教には、お線香とか灯明などと言うものは、本来は必要のないものだったのです。ゴーダマ・シッタルダ釈迦牟尼仏が、あの中インドを中心にして法を説かれていた当時、インドにはお風呂というものがありませんでした。いまの日本では、お風呂というものがあって、いつも身をきれいにしておくことができますが、当時は川の中へ入って簡単に水で洗うぐらいでした。まして、多くの修行者たちは、日中歩いて汗だくになって帰って来ます。また、山の中に入って禅定する場合にも、毒虫や毒蛇から身を守るために、自分の身体に色々な薬草を塗ります。それらの臭いが鼻をつきます。
そのようなことから、当時、ゴーダマ・シッタルダ釈迦牟尼仏の弟子に、プルナ・ヤニプトラーといわれるアラハンの方がおられましたが、このアラハンの方が出家する前に、この臭みを何とかしなければいけないといって、栴檀の香というものを発明したのです。それがインドにずっと広がり、体臭を何とか消そうとして試みられたのがお線香なのです。
それがいまは、お墓参りにお線香を持ち、仏壇やお寺に置いて来ます。その上、さらに香水までつけている人がいます。私たちは最早旧来の陋習を破る時が来ているのではないでしょうか。
灯明も同じことです。夜、説法を聞くときに、真暗闇の中で聞くよりは、顔が見えるようにということで、菜種油や、松の根からとった松根油を灯明として使ったものなのです。それがいつの間にか、電気をつけた上にローソクまで点すようになってしまったのです。
しかし、信心というものは、本来そのようなものではないのです。私たち自身の噓のつけない善我なる心を信ずることです。もっと具体的に言うならば、常に善意なる第三者の立場に立って、自分の思うこと行うことをしっかりと見極めることなのです。
南無阿弥陀仏というのも、インドの言葉が中国語に同化されて日本に伝わって来たものであって、本来の意味は、アミの説かれた法に帰依するということなのです。アミというのは、エジプトでアモンと呼ばれたファラオのことで、それがソロモンに行ってアミーに変わり、インドのバラモンに入ってアミとなったものです。
そのように、神は遠くにあるのではなく、私たちの内なる心の中に存在しているということを知ったならば、その善我なる噓のつけない自分を大切にし、正しく人生を生きて行くことが道なのです。
(次号につづく) (昭和51年春、名古屋でのご講演を要約したものです)